メイクアップの歴史とは
現代でこそ顔や体の一部をより美しく見せるために用いられているメイクアップですが、昔の資料からは様々な文化や風習が見てとれます。特に日本については世界でも珍しいものが取り入れられていたようです。
まず有名なものとしては、お歯黒が挙げられるのではないでしょうか。これは他のアジア圏各国でも一部で見られた風習のようですが日本でも確実に古くから見られたメイクアップの一つです。大正時代に入ると、さすがに一般的では無くなったようですが、それまでは既婚の女性を中心に広く見られたという記録もあります。
歴史を遡るほど身分の高い人々が用いていた形跡があり、その対象は既婚女性に限らず男性にまで広がっていた時期がありました。しかしそれも、江戸時代になると徐々に廃れていきメイクアップとしての価値は徐々に薄れてしまったようです。更に19世紀後半には、正式に政府からお歯黒を禁止するような指導がなされたという資料もあります。
また、男性について広く化粧をする風習があったことは有名です。現代でも特徴的な眉毛の形をした人に対して「まろ」などと言う呼び方をしますよね。一説よると、これは歴史上で一人称を「麻呂」と表現していた公家時代のメイクアップの手法に由来するという話があります。
確かに何となく昔の貴族や身分の高い人を想像した時に、歴史の教科書で見かけるような化粧をした薄丸い眉毛の人物を思い浮かべる方がいらっしゃるのではないでしょうか。こう考えると学生の冷やかしや揶揄のようにも聞こえますが、広く一般に浸透しているということは上手い表現なのかもしれません。
こういった古いメイクアップにつて調べてみると、現代では考えられないようなものも多いですよね。街中で日常的に、お歯黒の既婚女性や白塗りの男性を見かけることはまずありませんし現代では美しいというより変な印象が先行します。
それでも当時は何の変哲もないメイクアップだったのでしょう。もしかすると、今あなたが行っているメイクアップも数十年から数百年後には奇怪なものとして捉えられているのかもしれません。